滋賀森林インストラクター会は、滋賀を中心に多様な森の魅力を紹介し、皆様が森に親しみ、つながりを深めていただくため、各種イベントの開催や森林環境教育の講師派遣など、森に関する様々な活動をしています。当会は、平成6年4月に設立され、現在33名の会員が、県下各地で活動を展開しています。イベントに参加したい 、森で楽しみたい、森で学びたい、森でいやされたい、森を守りたい・・・そんなときは、是非私たちに声をかけて下さい。
今月の一枚 (2026.05,06)
佐々木 建雄(第3代会長)
5月と6月のこの一枚は「木彫りの里」と題して、米原市上丹生(かみにゅう)のご紹介です。
JR米原から一つ目の醒ヶ井駅前より、養鱒場へと続く道に入ると程なく上丹生の集落に入ります。
養鱒場の方から流れてくる宗谷川と、霊仙山を水源とする丹生川に沿ったこの地域は、谷間にあることから耕作地が少なく、古くより林業を中心とした生活が営まれてきました。
そんな中、江戸時代後期に宮大工の子であった上田勇助と同郷の川口七衛門という二人の先人が京都に修行に行き、やがてこの地に木彫りの技術をもたらしたのが上丹生彫刻の起源だそうです。
仏壇の産地である彦根、長浜に近いことから、一時期は仏壇彫刻が一大産業として栄えたそうですが、その後、若い人の仏壇離れや時代の要請の変化もあり、作品は社寺建築の彫り物、欄間、祭りに使う山車の装飾、仏像をはじめ各種木彫り像、表札などと多岐にわたるようになりました。
現在も30人ほどの職人さんが、伝統の技を受け継いで頑張っていますが、一地域にこれほどの職人がまとまって定住している例は、日本でもごく稀なことだそうです。
取材に行った日、丹生川に沿って歩くと、たくさんの小さな橋が道路と民家をつなぎ、また丹生川の清流と相まって、この地独特の景観であることを感じました。
先人がつないできたこの伝統技術と、この景観がいつまでも続くよう願いながら、取材の帰路につきました。
※ 制作の裏側
集落の入口に立って正面を仰ぐと、目の前に霊仙山がそびえていて、丹生川に沿う集落の道がそのまま登山道につながっていることがわかりました。
折しも、登山装備の男性が二人、山から下りてきたところに出くわし、昨年の春、ヤマシャクヤクの群生を見に登ったことを思い出しました。
木彫りの材料は、霊仙で育った木も使われているのか、少し気になるところです。
(作品データ:水彩F4号 WATSON 透明=W&N)
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